幸せは長くは続かなかった
俺は自宅マンションの部屋で、独りでオリジナルの牡蠣鍋を喰いながら、いまは亡き家内を思い出している。
この牡蠣鍋は亡くなった家内が、最後に考案したオリジナル料理だ。
基本的には味噌味なのだが、味醂とショッツルまたはナンプラーを隠し味に使うところが、この鍋のポイントだ。
また使用する牡蠣の三分の一の量を、包丁で叩いて、ごく細かい微塵切りにしてから、先に味噌味の出汁と一緒に炊いて、牡蠣のコクを出しておくことも、また重要なポイントになる。
他の材料は定番的に“長ネギ”・“焼き豆腐”・“春菊”が入る。
味噌味独特のコクと、牡蠣の濃厚な風味が相まって、実にに旨いのだ。
この料理は家内が亡くなる二か月前に考案されたものだった。
家内は別に料理研究家でもなければ、プロの料理人でもなかった。
俺と所帯を持つ前は、ごく普通のOLをしていた。
俺と出会ったのは、代々木にある小さな小料理屋だった。その店に俺は月に二〜三回顔を出し、店主の作る料理を堪能し、店主が料理に合わせてセレクトをした酒を楽しむことが、俺の密かな喜びだった。だから、会社の連中には絶対に内緒の店だったのだ。
ところがある夏の事だった。
その日は思わず仕事が早く終わり、出先から直帰になっていたので社には戻らず、直接この店に行ったのだった。
そして、驚いたことには、何と同じ課の女性がいるではないか。
俺は絶句した。そして「ああっ、なんで吉崎さんがいるの」と、思わず訊いてしまったと言うわけだ。
彼女は「あ!山崎さん、お疲れ様です。このお店、よくいらっしゃるんですか?私、この近くなものですから、月に一回ぐらいお邪魔しているんです」と言うではないか。
「よくって言うほどではないんだけれど、ここのご主人の料理がおいしいものだから、つい、お邪魔してしまう。そうだな〜、月に二〜三回程度の頻度かな。でも、よく今まで会わなかったね」と言った。
「ほんとうですね、よく今まで会いませんでしたね。偶然の偶然って言うところでしょうか。私、料理が趣味なものですから、勉強をさせていただく意味でも、本当に参考にさせていただいているんです。おまけに我が儘を言って、御主人にレシピまで教えていただいたりもしているんですよ」と言う。
「なあに、佳代ちゃんに教えたって、うちの店の売り上げがさがる訳じゃないし、こんな綺麗で可愛いお嬢さんの役に立てれば本望さ」と御主人が言う。
そんなこんなで、俺たちは意気投合し、付き合いだしてから半年で結婚をした。
佳代子の作る料理は、プロの味を上手くアレンジして自分の味にしていた。
そして、なによりも、オリジナリティーがあった。
俺たちは幸せな日々を過ごしていた。
しかし、それは長くは続かなかった。
佳代子は突然“急性白血病”に犯されたのだった。そして呆気なくこの世を去ってしまったのだった。
彼女の自慢のレシピをたくさん残して・・・・・・・。
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